「余白」という発想との出会い
株式会社福崎
代表取締役 福﨑 充
先日、新製品アイデアを考えるセミナーに参加しました。イノベーション研究を専門とする大学教授でもある講師は「イノベーションとは、新しい発想や組み合わせによって新たな価値を生み出すこと」と説明されました。
そこで私は、「メーカーが機能的価値のイノベーションを担うとすれば、当社のようなノベルティ企画会社が生み出す情緒的価値のイノベーションとは何か」と質問しました。返ってきた答えは、意外にも「余白ではないでしょうか」でした。
「余白」とは何か。長年のノベルティの代表格であるボールペンに当てはめて考えてみました。
昭和のノベルティが成立した社会構造
かつて、「製薬会社が新薬PRのためにボールペンを10万本配布した」という話を耳にしたことがあります。この話は単なる昔話ではなく、その時代の社会構造を映しているように思います。
重要なのは、「昔は10万本配布した」ということではありません。
なぜ10万本ものボールペンが必要だったのか。
当時は、
- 商品認知手段が限られていた
- 営業担当(MR)が情報発信の中心だった
- 営業担当の面談機会が多かった
- 商品認知を高めることが競争力だった
という時代でした。
つまり、「認知を獲得すること」が最大の課題だったのでしょう。
昭和のノベルティでは、企業が商品の意味を決めていました。社名や商品名を名入れしたボールペンを配り、認知を広げる。それが成功の方程式でした。しかし、そこに「余白」はありません。企業が配布前に「このボールペンの意味」を決めていたからです。
ボールペンメーカーの中期経営計画から見えるもの
昭和、平成、令和と時代が変わり、ボールペンメーカーも戦略を見直し始めています。
三菱鉛筆株式会社は、自らを単なる筆記具メーカーではなく「表現革新カンパニー」と再定義しました。中期経営計画では、「筆記具という製品や技術を中心に捉えてきた事業を、『書く・描く』というお客様への提供価値を起点に捉え直す」としています。
一方、株式会社パイロットコーポレーションは2030年ビジョンとして「グローバル筆記具市場No.1」を掲げ、「書く」という価値と、それを支える魅力的な道具や機会を世界中の人々へ届けることを目指しています。
両社に共通しているのは、商品ではなく、「書く」という提供価値を起点に将来を考えていることです。
メーカーが商品ではなく提供価値を起点に考えるなら、私たちも市場規模や商品ではなく、提供価値から発想すべきでしょう。
つまり、
- 「ボールペン市場は伸びるのか」
- 「どんなボールペンが売れるのか」
という議論よりも、
「企業はこれからも、ノベルティでボールペンを贈り続けることができるのか」
という問いになります。
ユーザーイノベーションと余白
ポスト・イット(3M)の開発秘話は有名です。
もともとは強力な接着剤を目指していましたが、結果的に弱い接着剤ができてしまいました。
ところが、ある社員が「しおりが落ちないように」と楽譜に使い始めます。その用途は、メモ、伝言、アイデア整理へと広がっていきました。
メーカーではなく、ユーザーが価値を再定義した代表例と言えるでしょう。
ポスト・イットだけではありません。ジップロック、養生テープ、そして先日のコラムで紹介した測量野帳も、ユーザーによって新たな価値が見いだされた商品と言えるのかもしれません。
整理すると、次のようになります。
| 商品 | メーカーが想定した価値 | ユーザーが見いだした価値 |
|---|---|---|
| ポスト・イット | 弱い接着剤 | アイデア整理 |
| ジップロック | 保存 | 整理 |
| 養生テープ | 保護 | 万能テープ |
| 測量野帳 | 測量 | アイデアノート |
ユーザーが「こんな使い方もある」と価値を広げられる商品には、余白があります。
提供価値を見出すのはメーカーでも配布する企業でもなく、実際に使う人です。
つまり、余白とは、ユーザーが自ら提供価値を見出せる余地なのです。
昭和の「認知」から令和の「共感」へ
ボールペンを「書く道具」としてしか考えなければ、イノベーションは生まれにくいでしょう。
しかし、「人生の節目のきっかけ」という視点に立つと、新しい提供価値が見えてきます。
贈られたボールペンで、
- 初めての契約書に署名するかもしれない。
- 人生を変えるアイデアを書き留めるかもしれない。
- 子どもの名前を初めて書くかもしれない。
その瞬間は、誰にも分かりません。
卒業記念品や企業記念品としてボールペンを贈るお客様は、「卒業生に長く使ってほしい」「感謝の気持ちを伝えたい」という想いを込めてノベルティを制作されています。
その想いとともに、受け取った人が提供価値を自ら見いだせる「余白」を残すことができれば、「ノベルティでボールペンを贈り続ける」時代はこれからも続いていくのではないでしょうか。
ボールペンの「余白」とは
ノベルティの役割は、企業のメッセージを一方的に伝えるだけでなく、受け取った人が自分なりの意味を見つけられる「余白」も届けることなのかもしれません。無理に働きかけるのではなく、自ら関われる余地を残しておきたい。
そうすれば、当社が掲げる「つながるをつなげる。」というブランドも、「誰と、何を、どうつなげるか」を限定することなく、多様なお客様がそれぞれの文脈で意味を見いだせるブランドになれるはずです。
これからも私たちは、ノベルティを通じて、人と人との間に新しい物語が生まれる「余白」を届けられる存在でありたいと思います。
